木場大輔 作曲
胡弓はこれまで三味線や箏の引き立て役に回ることが多く、僅かに伝えられた胡弓本曲を除き演奏の主役になる機会に恵まれてきませんでした。胡弓がその独自性を保ちながら花開いてゆくためには、伝統手法を活かした胡弓主体の独奏曲が不可欠ですが、その数は圧倒的に不足しています。
「襲」は、胡弓の重音奏法「合わせ弓」を応用した独奏曲です。合わせ弓の音色は笙の合竹を想起させますが、胡弓の場合はその片方の音程をスリで無段階に変化させ、笙と篳篥が合わさったような表現ができます。近い音程でぶつかる二音からなめらかに変化して同じ音程で融けあったり、オクターブの関係から変化して旋律を紡ぎだしたり、胡弓ならではの持続音の重音奏法にはまだまだ未開拓の面白さが詰まっています。
曲の九割以上に合わせ弓を駆使し、尺八本曲風の無拍節リズムから三味線音楽的なリズムまで、合わせ弓の可能性に迫った胡弓独奏曲です。2019年作曲。
<「襲」で使用される胡弓の奏法>
合わせ弓…隣りあう二絃を同時に擦る重音奏法。伝統曲においてはその両方または片方が開放絃であることがほとんどである。古典には欠かせない奏法だが、民謡や地域芸能ではそれほど用いられない。
スリ…指を滑らせて音程をなめらかにつなぐ奏法。特に開放絃からその全音上の音程へのスリは、三味線にはない胡弓独自の奏法で、古典胡弓を特徴づける奏法である。古典には欠かせない奏法だが、民謡や地域芸能ではそれほど用いられない。
打ち手…連続する同じ音程を、弓で返す代わりに指先で打つことで音を区切る奏法。三味線のスクイやハジキに対応する。張りが緩い胡弓の弓は連綿とした表現に特化しているため、ヴァイオリンのように弓を小刻みに返してリズムを刻むことは苦手である。しかし打ち手を活用することで、弓を返す回数を抑えながらも、三味線のような細かいリズムが表現可能である。
スリカエシ…一気に高い音程まで滑らせて、一番高い音程からゆっくりキューンと低い音程まで滑らせる奏法。古典でのスリカエシは通常は単音だが、「襲」では重音による特殊なスリカエシを使用する。
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